40ヵ国語習得法 [ホールド]
40ヵ国語習得法は、講談社から1994年に発行された全18章からなる語学本である。
この本は語学本収集の目的以外では読む必要のない本である。
ブルーバックスは1963年9月の野間省一による発刊のことばにあるように科学の本である。学者、学生、産業人、セールスマン、ジャーナリスト、主婦と並べられており、文章も時代を感じさせるものがある。
二十世紀最大の特色は、それが科学時代であるということです。科学は日に日に進歩を続け、止まるところを知りません。ひと昔前の夢物語もどんどん現実化しており、今やわれわれの生活のすべてが、科学によってゆり動かされているといっても過言ではないでしょう。 そのような背景を考えれば、学者や学生はもちろん、産業人も、セールスマンも、ジャーナリストも、家庭の主婦も、みんなが科学を知らなければ、時代の流れに逆らうことになるでしょう。
この『40ヵ国語習得法』は、趣味・ゲーム・実用(Ⅰ)に収められている。ブルーバックスも拡張を続け科学技術以外の分野にも手を出している。
さて、1963年は、1957年のスプートニク・ショック後でもっと科学技術に力を注ぐべしといった時代ある。舛添要一の6カ国語勉強法で触れた理工系の話である『スプートニクの落とし子たち 理工系エリートの栄光と挫折』の今野と野口は1940年生まれで、著者は1943年生まれだ。
著者は外大英文科と北大理類を受験し北大に進学、後に医学部に編入した。ここで医者と英語を選択したことになっている。
医学部卒業後、神奈川の座間米陸軍病院でインターンを経験し1969年渡米しニューヨーク医科大学で眼科専門の研修を受けた。1974年に同市内で眼科医院を開業している。
受験時は迷った英文科か理系かという選択も、学生時代に決めた英語も医学もで計画通りにいったということで優秀な人物である。
ピーター・フランクルは、大学で数学の講義ができる程度の言語は11ヶ国語というが、この著者はそれに相当することを書いていない。つまり専門分野で使える外国語は英語だけの可能性が高い。それ以外の外国語は著者の経験として本書で色々と触れられている。
また、いわゆるヨーロッパ人とマルチリンガルの関係については、こう言っている。
ヨーロッパは地続きで狭いので、ヨーロッパ人は何ヵ国語も話せるというのはうそである。空港、ホテルでは数カ国語を話せる人がかなりいるが、一歩田舎に入ると、外国語は1つも話せない人たちがかなりいる。医者でも、世界中飛びまわっている有名な学者たちはかなり外国語を話すが、英語が主な共通語になっている国際学会で秘書に代弁してもらって発表するという医者もいる。
分かっている人に取っては当たり前のことだが、国内で妄想を膨らませたり海外にあっても自分で現実をねじ曲げてしまう人たちがいる。こういった普通のことをしっかりと書いてあるのはありがたい。
137ページに40ヵ国語の説明がある。
これから紹介するのは、これまで私が学んできた40ヵ国語である。
タイトルには、習得法とあるが、実際には習得したのかどうかは不明である。習った、齧ったのは多くあるが数と程度はそれほど明確ではないようだ。また40ヶ国語の40という数字について考えてみた。参考文献にそのヒントらしきものがあった。
『20ヶ国語ペラペラ』種田輝豊著、実業之日本社、1969
⇒ 40ヵ国語習得法